有給休暇の時季変更権とは|行使条件や注意点などを弁護士が解説

2024年03月12日
  • 一般企業法務
  • 時季変更権
有給休暇の時季変更権とは|行使条件や注意点などを弁護士が解説

原則として労働者は有給休暇を自由に取得することができますが、繁忙期などにおける業務への影響を抑えるため、使用者に「時季変更権」が認められる場合もあります。

企業側が有給休暇の時季変更権を行使する際には、労働基準法上の要件を満たしているかどうか確認することが大切です。また、もし時季変更権の行使について労働者から反発を受けた場合には、慎重な対応が必要になります。

本コラムでは、有給休暇の時季変更権の行使条件や注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 長野オフィスの弁護士が解説します。

1、有給休暇の時季変更権とは?

有給休暇の時季変更権とは、労働者が指定した有給休暇の取得時季を、使用者が変更できる権利のことです

原則として、有給休暇の取得時季は労働者が指定できます(労働基準法第39条第5項本文)。
しかし、繁忙期などにおける調整を可能とするため、一定の場合には使用者の時季変更権が認められているのです(同項ただし書)。

  1. (1)有給休暇の時季変更権の要件

    有給休暇の時季変更権は、労働者に請求された時季に有給休暇を与えることが、事業の正常な運営を妨げる場合に認められます(労働契約法第39条第5項ただし書)。

    「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、労働者が有給休暇を取得しようとする日の仕事が業務運営に必要不可欠であり、代替要員を確保することも困難な状態を指します(最高裁平成12年3月31日判決)。

    「事業の正常な運営を妨げる」状態が生じるかどうかは、時季変更権を行使する段階で予見される事情をふまえて判断されます。
    また、具体的な支障を生ずるおそれが客観的に予見できることが必要になります(名古屋地裁平成5年7月7日判決参照)。

  2. (2)有給休暇の時季変更権の目的

    法律上で有給休暇の時季変更権が認められていることの目的は、労働者の有給休暇を取得する権利と繁忙期等における使用者の事業の円滑な遂行との間で適切な調整を行うことにあります。

    繁忙期等で人員がひっ迫している状況では、労働者が自由に有給休暇をとってしまうと、使用者の業務が回らない可能性もあるでしょう。
    また、労働者の権利であるとは言っても、直前になって長期間の有給休暇を申請されると、使用者が代替要員の確保に苦労することは容易に想像できます。
    したがって、労働基準法では、労働者の有給休暇を取得する権利を尊重しつつ使用者の業務に重大な支障が生じることを防ぐために、一定の場合には使用者に時季変更権が認められているのです。

  3. (3)時季指定権・時季指定義務について

    労働基準法では、有給休暇について時季変更権のほか、「時季指定権」と「時季指定義務」が定められています。

    ① 時季指定権
    労働者は原則として、有給休暇取得の時季を自由に指定できます(労働基準法第39条第5項本文)。
    この労働者の権利を「時季指定権」と呼ぶことがあります。

    ② 時季指定義務
    年間10日以上の有給休暇が付与される労働者には、使用者が時季を定めて5日以上の有給休暇を与えなければなりません(同条第7項)。
    この使用者の義務を「時季指定義務」と呼ぶことがあります。

2、有給休暇の時季変更権が認められるケース・認められないケース

以下では、使用者による有給休暇の時季変更権の行使が認められる場合と認められない場合について、例を挙げて紹介します。

  1. (1)有給休暇の時季変更権が認められるケースの例

    有給休暇の時季変更権の行使が認められるケースとしては、以下のような例が挙げられます。

    (例)
    • 労働者が直前になって有給休暇の取得を申請し、代替要員の確保が困難である場合
    • 同じ時季に複数の労働者が有給休暇の取得を申請し、そのすべてを認めると人員が著しく不足する場合
    • 有給休暇の取得を申請した労働者が、申請された時季に見込まれる業務において、必要不可欠である場合
    • 労働者が事前に調整を行うことなく、長期間にわたる有給休暇の取得を申請した場合


    上記の例のように、事業に支障が出ないように代替要員を確保することが困難な場合には、有給休暇の時季変更権の行使が認められる可能性が高いといえます。

  2. (2)有給休暇の時季変更権が認められないケースの例

    有給休暇の時季変更権の行使が認められないケースとしては、以下のような例が挙げられます。

    (例)
    • 有給休暇の取得が申請された時季において、業務の閑散により余剰人員が生じることが見込まれる場合
    • 労働者が十分な時間的余裕をもって有給休暇の取得を申請し、会社は申請された時季の代替要員を容易に確保できたと思われる場合
    • 有給休暇の取得を申請した労働者が、申請された時季に見込まれる業務において、それほど重要な役割を担っておらず、代替要員による対応が十分可能と思われる場合
    • 申請された有給休暇が短期間(たとえば1日以下)で、その日において労働者の参加が不可欠である重要な業務がとくに予定されていない場合


    上記の例のように、代替要員の確保が可能である場合や、代替要員を確保する必要性がない場合などには、有給休暇の時季変更権の行使は認められない可能性が高いと考えられます。
    また、有給休暇が時間単位・半日単位・1日などの短期間である場合は、長期にわたって有給休暇を取得する場合に比べると、事前の調整が不要なため、有給休暇の時季変更権行使は認められにくい傾向にあるのです。

3、有給休暇の時季変更に労働者が従わない場合の対処法

有給休暇の時季変更権の要件を満たす場合、労働者は使用者による有給休暇の時季変更に従わなければなりません。
以下では、労働者が有給休暇の時季変更に従わない場合に、会社として取ることのできる対応を解説します。

  1. (1)欠勤日を無給扱いにする

    有給休暇として認められないにもかかわらず、労働者が独自の判断で取得した休暇は、「ノーワーク・ノーペイ」の原則により無給となります。
    また、会社によって時季変更権が行使されたことにより有給休暇として認められなくなった日についても、会社は無給として取り扱うことができます。

    欠勤日を無給とする場合には、以下のような日割り計算を行ったうえで、その金額を基本給から控除しましょう。

    控除額=基本給÷所定労働日数×欠勤日数

    (例)
    • 基本給:月額20万円
    • 所定労働日数:1か月あたり20日
    • 欠勤日数:1日


    控除額
    =20万円÷20日×1日
    =1万円
  2. (2)懲戒処分を行う

    会社による有給休暇の時季変更権に従わず、労働者が勝手に会社を休む行為は、無断欠勤や業務命令違反として就業規則違反にあたります。
    これらの違反について、会社は懲戒処分を行うことができます。

    ただし、労働者に対して懲戒処分を行う際には、以下の要件をすべて満たすことが必要になります。

    1. ① 就業規則上の懲戒事由に該当すること
    2. ② 就業規則において定められた種類の懲戒処分を行うこと
    3. ③ 懲戒権の濫用にあたらないこと


    とくに、懲戒権の濫用にあたらないように注意することが大切です。
    労働者の行為の性質や態様などに照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない懲戒処分は、無効となります(労働契約法第15条)。
    したがって、通常の場合、一度や二度の無断欠勤では、懲戒解雇や諭旨解雇などの重い懲戒処分が相当とは認められません。
    懲戒処分を行うにしても、まずは戒告などの軽い懲戒処分に加えて改善指導を行い、改善が見られなければ段階的に重い懲戒処分を行う、という手順をふむ必要があるのです。

    懲戒処分については、会社と労働者の間でトラブルが生じる可能性もあります。
    深刻なトラブルが発生するのを回避するため、懲戒処分を行う際には事前に弁護士に相談することも検討してください

4、労働者とのトラブルは弁護士に相談を

労働者とのトラブルへの対応は、会社にとって大きな悩みの種のひとつです。
トラブルが深刻化すれば会社の業務に支障が生じ得るうえに、会社側が敗訴すれば巨額の損害賠償などを支払わなければならない可能性もあります。

労働者とのトラブルを穏便に解決して、会社の損害を最小限に抑えるためには、弁護士に相談や依頼をすることが大切です。
弁護士であれば、会社の代理人として、労使紛争を早期かつ円滑に解決するための対応を行えます。
また、問題の状況や労働者の対応などをふまえて、法律の専門知識や実務経験に基づいて、会社側にとってベストな方針や対応を検討することもできます。

普段から顧問弁護士と契約していれば、労使紛争が発生した場合や人事労務について疑問点が生じた場合にも、いつでも相談することができます。
ぜひ、ベリーベスト法律事務所の顧問弁護士サービスを利用することも検討してください。

5、まとめ

労働者は有給休暇を自由に取得できるのが原則ですが、必要不可欠な業務に対して代替要員の確保が難しい場合などには、使用者は時季変更権を行使できます。
時季変更権の行使にあたっては、労働基準法上の要件を満たすかどうか検討することが大切です。
また、適法な時季変更権の行使を無視して労働者が勝手に休んだ場合は懲戒処分なども検討することが可能ですが、懲戒処分を行う際には適切な手順をふむ必要があるのです。

ベリーベスト法律事務所は、人事や労務管理に関するご相談を随時受け付けております。企業の経営者や担当者で、有給休暇の取り扱いや、その他の人事・労務管理に関する問題についてお悩みの方は、まずはベリーベスト法律事務所にご連絡ください。

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